山小屋と水(親爺の寝言別冊)
山小屋を訪れるお客さまも、いろんな方がおられる。
昔から山に馴染んで、純粋に山をお楽しみになっていらっしゃる方が大方だが、時々「???」と首をかしげたくなる方も居ないことはない・・・。
人間の生活にとって欠かせぬのが水だが、山小屋にとっても水の確保は重要な大仕事である。
しかし下界とは違い、水道局に電話をしても取り合ってはもらえず、特に剱御前小舎のように稜線上の山小屋は水源の確保が困難である。
水は、高いところから低いところへと流れるので、稜線上では水のたまる場所がないからだ。
で、貯水タンク等という仕掛けをこしらえ、天から降ってくる雨水を貯め、山小屋で使う水を確保している。もちろん近くの沢からポンプを使って
汲み上げたりと、涙ぐましい努力をしても剱御前小舎のような山小屋では水は非常な貴重品である。
以上のようなことは今さら親爺がくどくどと書くような事ではない・・・いや無かった・・・のだ。
いやしくも山小屋を利用し、山に登ろうかというような方々にはこんな事は常識中の常識で、稜線の山小屋など「水無小屋」であることは皆さん
知っておられた。
最近は情報化社会で、登山者の皆さんはこの程度の情報は当然得た上で山に来られるのだと、親爺は思っていたのだが・・・余りにも便利に
なり過ぎて、水など蛇口から出て当たり前の生活をしている現代人には、どこに行っても水など有って当たり前になっている様だ。
親爺とお客さま(通りすがりの60年配の男性)のある日の会話・・・。
飲み物を雪で冷やしているシンクを見ながら。
客 「水が入ってないね。このシンク。ちょっとタオルを冷やしたいんだけど。」
親爺「水を入れておくとここで手を洗ったり、顔を洗ったりする方がいるので水は入れません。飲み物を冷やしているところですから。」
客 「サービスが悪いね。水くらい。」
親爺「・・・・・・・・・・。(お客さん雷鳥沢を1時間半下れば水はたっぷりありますよ。そこでどうぞ。)」()内親爺の心の声・・・・・。
ある日の帳場前で、心平支配人とお泊まりの60代の奥様風のお客さまとの会話。
客「歯磨きしたいけど、水はどうするの。」
心平「洗面所の水をお使い下さい。雨水ですが塩素で殺菌してありますし、飲まなければ口をすすぐくらい大丈夫です。私たちもそうしています。」
客「あなたたちは・・・。良いわ。お湯で磨きますから。雨水なんでしょう・・・。お湯も雨水なのね・・・。」
心平「・・・・・・・・・・。(雨水でない水って無いんですよ。理科で倣わなかったのですか?小屋の水は保健所の水質検査もちゃんと受け、しっかり
管理しています。)」()内心平の心の声。
まぁ、こんな日々の何気ない会話だが、親爺も心平支配人も苦笑を通り越して、驚いてしまっているのだ。
「お風呂かシャワーは有りますか?」 「はい。どしゃ降りの日に外でシャワーを浴びて下さい。でも石けんはご遠慮下さいね。」
「ミネラルウオーターが400円もするの高いわねぇ。」「ここから3時間下って、室堂バスターミナルでアルペンルートに乗り換え立山駅か、扇沢駅
に行かれれば、100円ほどで売っていると思いますので、そちらでお買い求めになればお得ですよ。」
山小屋には日常何気なく見過ごしている様な「利便性」は無い。
大自然の中で必要最低限の(衣)食住を提供する施設が山小屋であると、親爺はそう考えている。
山に何をしに来るのか、登山に何を求めるのか、いくら価値観の多様化はしても、利便性に富んだ快適な生活を求めて山には入る人はいないと
思うのだが。
水の話がここまで来たが、ふんだんに使える水なんて世界中どこへ行ってもそんなに簡単に手に入るものではないのだ。
H23年8月7日 親爺の寝言